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生きる意味なんてない?

生きる意味なんてない?
・「生きる意味」などありません
・悩み、自殺
・アドラーの考える「生きる意味」

「生きる意味」などありません

と言うと、身も蓋もありませんが、

実際、いくら考えても、本を読んでも、お坊さんに聞いても、
そこに納得のいく答えを見つけることは容易ではないでしょう。
宗教を信じる人は「意味はある」と言えるかもしれませんが・・・

私は、
「この地球で・・・がしたいから自分の意志で生まれてきたんです」
とは言えません。
スピリチュアル好きな私としては、
「私は目的をもって自分の意志で生まれてきたんです」
と言いたいところですが、これはどうやっても確かめるすべがない。
信じるか信じないかの部類の話。

「自分の意志で生まれてきた」と確信をもって言えないのであれば、
生まれてきた理由、生きる理由など、
いくら頭で考えても、分からないのが当たり前
と言えるのではないか。

自分の意志で生まれてきたわけでなく、
死(自然死、事故死)の時期も自分で決められないのであれば、
「自分は生かされている」
としか言いようがない。
その辺の動物、昆虫、植物も一緒です。

「この人生をどう生きるか」を考える
だったら、
生きる意味を考えるよりも、
「生まれたからには、死ぬまでどう生きたらいいのか」
と考える方が分かりやすい。
「この人生をどう生きるか」ですね。

こう考えることが出来るのは、恐らくこの地球上で人間だけ。
その意味では、人間は地球上で特別な存在でしょう。

悩み、自殺

若い時は純粋に「生きるとは?」
と考える時期があるかもしれません。
また、仕事に行き詰ったとき、人間関係で悩むとき、
家庭、離婚、孤独、病気、老後の不安などで、
「生きてる意味は無い」「生きてても苦しいだけ」
と、自殺に走る人も多いのかもしれません。

しかし、自ら命を絶つのは、かなり勿体ない。
我々は、天文学的な確率で生まれてきたわけです。
奇跡と言ってもいい。
あなたの両親が出会う確率だけでも奇跡。
その前をずっと辿ってみれば、
僅か30代前の平安時代ごろまで遡っても、
既に10億人の先祖!
その先祖の誰一人欠けても、あなたはこの世にいない。
(生まれ変わりというものがあれば別ですが)

10億人の計算根拠
あなたの親は二人、その親(祖父母)は4人、と2の階乗で増えて行きます。
2、4、8、16、32、64,128,256,512,1024, ・・・・
10代前なら1024人。
子供は一人で、人物が重複しないという前提で、
これを続けると、20代前(室町時代?)で約100万人、
30代前(平安時代)ではなんと10億人。
その前は・・・気が遠くなります。

そんな奇跡的な確率でこの世に生まれたと考えれば、
思う存分生きないと。
今の人生を考え直してもいいのでは?

生きていれば、つらいことばかりではなく、
探せば、きっとどこかに光、いいことが落ちているはず。
今はつらいけど、試練を越えた先に光が見える可能性はゼロではない。
でも、死んだらゼロ。

仕事の都合で世界中を見てきた経験からも、
世界は、思っているよりも広く、ずっと多彩。

あなたの生活する世界(社会)はどのくらいの広さですか?
会社、地域、コミュニティー、人間関係・・・
小さな世界の外には、まだまだあなたの知らない世界が広がっています。

自殺は、地球という生命体(ガイア)による自然淘汰の一つ
かもしれませんが、
その自然淘汰に身を任せるのか、
それとも、せっかく生まれてきたこの地球を
もっと楽しもうと思うのか

人は皆、いやでも、いつかは100%の確率で死ななきゃいけない。
奇跡的に生まれてきたからには、
死ぬまでの僅かな人生をもっと楽しまないと勿体ない。
と思うのです。

アドラーの考える「生きる意味」

個人心理学(アドラー心理学)のアルフレッド・アドラーが
考える生きる意味について、彼の考えを要約すると

生きる意味は、
「人間と宇宙の関連に着目した場合のみ、意味と価値がある」
つまり、人間社会という狭い枠組みの中だけで見つけようとすると、
生きる意味の答えは見いだせない。

アドラー曰く、宇宙=すべての生命の父
であり、我々はその要求を満たすために奮闘しているのだと。

宇宙の要求とは、
「生まれつきの何か」であって、
それは、
成長(生きるとは成長すること)であり、
創造する力(完全という目標を追求する力)
自己保存
増殖

それに適合できないものは淘汰される。

要するに、
人間は、正しい「完全」という目標を追求しているのだという。

未来でも正しいと認められる肉体と精神の成長のみが正しく、
また、「人類全体の幸福」という目標であれば正しいとする。

人類の成長に伴って生まれた、宗教、道徳、倫理というものを
人類全体の幸福を促す強力な原動力として使っているが、
その中でも最高の概念が「神」であり、
「完全」に到達しようとする人間の憧れとしている。

その「完全」という目標を間違えた生物は、適応に失敗し、
種族、民族、部族、家族の滅亡を迎える。

人類全体については、そうだとして、
個人にとっても正しい道を見つける必要がある
ということで、
アドラーは個人心理学(アドラー心理学)の考えを示した。

その中で核となる考えが、
「共同体感覚」
言い換えれば、他者と生きる感覚。

個人は全体の一部という考えであって、個人主義とは相容れない。

先人が人類全体の進化、発展への貢献
として作り上げてきたものだけが目の前にあるという事実。

そこには、人生がどう発展していくか、
それにどう貢献・協力できるか
が示されている。

最後にアドラーは
「人類の幸福に貢献しなかった人間は」
「何も残さずに消えた」
と、
きつい一言も残している。

社会、仕事、愛という人類の避けられない問い
に対してどう行動するか。
それが、人間を測る唯一の尺度
であると。

より具体的な内容については、
アドラーの著書「生きる意味」を読んでください。

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